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深まりゆく秋の中で

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■尋常ではない

 秋の夜長こんなことを考えた。

 これではまるで復帰前夜の教職員間の争いではないか。八重山は「争いばかりしている」と他に映ってはいないか。このことについて、主義主張を堂々と言い合い、民主主義や言論の自由が根付いてすばらしい社会だ—と評する人がいる。が果たしてそう捉えていいだろうか。人間は感情の動物。時に、理念や思想・信条に対して、感情や好悪が先行することがある。仲間意識やセクト主義も働く。むしろ私たちの日常生活ではこの方を多とする。小さな地域社会でいがみ合い、非難し合う中で、互いに協力し社会を前進、回転させることができるだろうか。先の石教委定例会のようすを見てそう考えた。

 思想性がないということなかれ。情報公開は民主主義を強化することは十分承知している。確執し合う団体が会議を遠巻きにして言辞をうかがうさまはどう考えても尋常ではない。そこは議場ではない。議事録も公開されているのにだ。これでは示威運動ではないか。過ぎれば、今後、教育委員として奉仕しようと思う者が出て来ないのではないか。今後、良き人材を失いそうでならない。

 

■当事者意識を持て

 こんなことも考えた。

 政治家や行政の長は公の前で話すことが多い。慣れていると言っても重大事であれば、どうしても力が入り高ぶりが出てくる。

 首相の「原発汚染水はコントロール」、市教育長の「弊害は思考停止」、町教育長の「教育委員会に採択権」など、平時、あるいは平常であれば果たしてこのフレーズが出ただろうか。つまり、口外した時点で大きなうねりが待っているとは考えなかったのではないか。国家の命運がかかる「時」、我が意を得たりの「場」、策を弄(ろう)された展開の「間」—ともに高揚する機であっただろう。

 ただ、この高揚の産物すなわち語句は、口外すれば増殖を続け肥大化し制御するのに膨大なエネルギーを要する。文豪ドストエフスキーは、この高揚感情を「affect」(激情)と表現し、誰にでもあるものと登場人物に言わせている。問題は、自らが発したものであり、当事者意識をより強くし自らが治めなくてはならないということだ。他に左右されたり、己に利するものに与(くみ)し気分を良くしたのでは治まりはつくまい。

 

■隠れて目立たないが

 加えてこんなことも考えた。

 政治家は選挙で選ばれし者。されば、教育長は政治家か。否である。教育行政をつかさどることを政治家から委ねられた者。それを混同してはならない。今は、操縦かんがきかなくなった飛行物体「affect」を着地させることに心を砕かなければならない。

 教科書問題の陰に隠れて目立たないが、3教育長とも一括交付金を活用してかつてない良い教育施策を展開している。活動的で、これまで思いつかなかった良いアイデアも繰り出している。ブレーンにも恵まれている。静謐(せいひつ)な教育環境を早く整え、請われたその英知を表出したい。時間はそうは残されていない。


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