2013年11月に、8年ぶりの歌集となる第5歌集「オレがマリオ」(文藝春秋発行)を出版した俵万智さん。11年4月に石垣島に来てから詠(よ)んだ歌も収められている。歌、祭り、音楽、地域社会、石垣島での暮らしぶりなど話を聞いた。(島尻修記者)
■新しい歌集について
足かけ9年かけて341首を収めた5冊目の歌集で、1章と2章からなり、1章は震災から現在に至るまでの作品、2章には、第4歌集「プーさんの鼻」以降から震災前までの作品です。
■表題の「オレがマリオ」とは
小4になる息子が島に来てからゲーム機に触れなくなったので、理由を訊(たず)ねると「今はおれがマリオだよ!」という。島を冒険しているような彼の感覚が現在の暮らしの象徴と思って、それに決めました。
■島に来たわけ
震災がきっかけです。「3・11」当時、わたしは仙台に住んでいて、息子が通う学校が休校になったので、とりあえず仙台を離れようと思い西へ向かいました。
那覇まで来て2週間ホテル住まいをしているとき、前年に石垣島に移住した友人がいることを思い出し連絡をとり、4月1日に石垣島に来ました。
■石垣島の印象
石垣島はそのときが初めてでした。自然がたっぷりある島だなぁという印象でしたね。
毎日表情が変わる海がいつも見られることもステキだし、来てすぐに、落ち込んでいた息子が近所の子どもたちと遊ぶようになり、劇的に元気を取り戻していく姿を見て、島で子育てができればいいな、と思うようになりました。
■島で経験したこと
わたしはそれまでインドア派で、座右の銘は「体力温存」。でも「モズク採り」のシーズンに島に来て、友人に誘われて海に出かけ楽しさを覚えました。子どもにつられてという面もありますが、磯遊びや釣りも初体験しました。シュノーケルの初体験からは、「シュノーケリングした日は思う人間は地球の上半分の生き物」という歌が生まれました。
■きいやま商店との出会い
島に来た年の9月、近所の人に誘われ川平満慶まつりに出掛け、初めて「きいやま商店」を見てファンになりました。もともと小劇場や演劇が好きなので、彼らの演劇的なライブの楽しさにひかれたのだと思います。
■沖縄の心ときいやま商店
きいやまのメンバー3人が、仏壇を継ぐために長男が帰郷すると普通に口にするとき、先祖を大切に思う沖縄の素晴らしさを感じます。100年前を身近に引き寄せる感覚は、未来のことに思いをはせることができることだし、そこがまた彼らを好きなところです。
ちまたにラブソングが多いなか、おじや祖母のことを歌にできる身近な家族愛があるし、少年時代に使っていた地元の言葉(方言)による歌詞も面白いですね。
■島の祭り
旧盆アンガマの当意即妙なやりとりは特に印象的でした。手拭いで顔を覆(おお)い隠したファーマーたちが、夜道をぞろぞろと歩き家に近づいて来る姿は幻想的でした。私が経験した祭りは縁日や屋台でしたが、島の祭りはウタキ(御嶽)でのしきたりがしっかり受け継がれているなど、本来の意味がくっきりと見えていると感じています。
■地域とのつながり
豊年祭では婦人部として海藻を前の海から採って来る役目を与えられたり、司会を担当しました。それが縁で、公民館長さんの長男の結婚式で司会を頼まれ軽い気持ちで引き受けたら、出席者が300人もいる。さすがにびびりましたね。
学校関係では放課後に、地元の方言を集めて子どもたちと一緒に方言かるたを作ったりしました。
■島の子どもたち
島に来る前に暮らした東京と仙台には「自然」と「子ども同士が遊べる環境」が少なかったのですが、島には私が足りないと思っていたものが労せずにあった。
来たころは、春休みまで。その次は夏まで住もう。すると夏が来て、また楽しくて、あっという間に時間が過ぎた感じです。
でも、来たのは偶然ですが、住み続けているのは偶然ではないですね。
■今年はどんな年に
震災を経験して、なんでもない日常が奇跡的でありがたいことだと実感しました。日常を楽しみ味わえたら十分で、子どもがこのまますくすくと大きくなってくれればと思いますね。
【プロフィル】
俵 万智(たわら・まち)
1962年大阪府生まれ。歌集「サラダ記念日」(87年)で第32回現代歌人協会賞受賞。歌集に「かぜのてのひら」「チョコレート革命」「プーさんの鼻」(若山牧水賞)。小説に「トリアングル」など。2004年「愛する源氏物語」で第14回紫式部文学賞受賞。