1967年に日本民藝館が購入した後、1992年に解体され、石垣市に無償譲渡された旧真栄里首里大屋子家(マジィドゥシナゴーヤー)の構築材が、八重山博物館(東迎正則館長)の倉庫に保管されたままの状態が続いている。ことしで解体から22年目。解体作業に関わった石垣英和さん(83)=石垣=によると、旧真栄里首里大屋子家は当時、真栄里村を統治していた人物の家で、琉球建築の粋を集めた価値のある建物だという。石垣さんは「早く復元してほしい」と話している。
当時の報道によると、旧真栄里首里大屋子家は1878年に宮良殿内の分家として、現在の沖縄銀行八重山支店=大川=近くに建てられた。1967年、日本民藝館が購入して首里金城町に移築、75年には沖縄分館として開館し、一般に公開された。
92年、沖縄分館を整理することになった民藝館が「八重山の文化遺産として後世に伝える貴重な建造物であり、ぜひ石垣市に返したい」と寄付した。
材木は同博物館の倉庫、瓦や礎石は屋外に保管されている。
95年の新博物館基本構想では、古民家を移築・復元した八重山民家園の中心的な建物として復元する案が出ていたが、財政事情などから実現しなかった経緯がある。
博物館によると、2013年度から新たに発足させた新石垣市立八重山博物館(仮称)建設基本構想検討委員会では、旧真栄里首里大屋子家について協議する計画は、現段階ではない。東迎館長は「委員から声が上がった場合は資料などを準備したい」としている。
石垣さんは「当時は、住む人の位によって畳の数などが決まっており、真栄里村を統治する役職を務めた位の高い人の家だった。非常に価値がある建物。生きている内に復元を実現させてほしい」と話した。