神田裕子著「職場の『困った人』をうまく動かす心理術」(三笠書房)が物議を醸している。本書は発達障害のある人々を動物のイラストで描写。「職場にはびこる困った人」などとレッテルを貼り、「なぜ私が尻拭いさせられるのか」という一方的な視点を展開している▼発売前からSNSを中心に批判が広がり、医師や専門家、当事者団体は「差別を助長する」と指摘。出版社と著者は釈明に追われたが、火に油を注ぐ形となった▼多様性を重んじる社会は幸福度が高いという主張は、各分野の研究によって裏付けられている。特に脳神経学や心理学の研究では、さまざまな価値観が存在する社会は、個人が幸福感や心理的な安定を感じやすいと示唆される▼自閉症啓発活動の第一人者テンプル・グランディンは、こう喝破する。「もし魔法で自閉症が絶やされていたら、人類は今も洞窟の入り口で薪を囲んで暮らしていただろう」。発展性をもたらす多様な思考の大切さを訴えているのだ▼われわれは不確実性や複雑さに直面すると不安を感じ、単純化によって心の平穏を求めがちだ。しかし、安易なレッテル貼りには慎重であるべきだろう▼もし本書を手に取る機会があれば、このような議論の背景や批判があることを念頭に置きながら読むことをお勧めしたい。(立松聖久)