■5月5日のドライブ
「子どもの日」に元理科教諭の知人とドライブに出かけた。前夜歓談の折に筆者が石垣島の山や海、ヤマモモ等について尋ねたら朝早く連れ出してくれたのだ。車窓から道端の月桃の花を眺めながら北上。途中サトウキビ畑の脇で知人は車を停めクマタケランをみせてくれた。同属の月桃に比べると全体的に随分軽量でかつつつましやかな花を付けたそれは伊原間までの道すがらここでしか確認できていないという。
北部地区では海への意外な抜け道をいくつか案内してもらった。行き止まりとしか思えないやぶを潜る細道や不思議な具合に迂回(うかい)したり折れ曲がったりする農道、原野を進んで海に出た。意外な方向に見知った岬の反対側が望めたりして不思議な心地であった。途中特徴あるサンコウチョウのさえずりを聞き、紫の優美な花と風情豊かな実をつけた野ボタンの群落の前に立った。
南下した屋良部岳林道一角で知人は去年ここで拾ったシイの実でドングリご飯を作ったと話した。それからハゼノキ、カラスザンショウ、ヌルデなどの判別が紛らわしい樹木が現れると、そのつど幹の形状や色つや、葉の付き具合等で他との差異を説明した。いつか筆者が口にした疑問を覚えていたのである。さらに進み出口に向かう長い下り坂途中で知人は車を止め、ほどなくしてヤマモモの実を示した。鮮やかな赤や完熟して黒ずんだ実が背伸びして届く高さにあった。実物を見るのは初めてのそれを口に入れると甘ずっぱさに梅雨の風味を思った。
■知人のみごとなガイドぶり
子どもたちが成長してからのドライブはほとんど単独。それはそれで意義あるだろうが、今回は先導役つきのそれから多くを学び、楽しめた。知人の案内ぶりはみごとであった。一方的に話すことはせずこちらの関心と反応をそれとなく伺いながら進める。こちらの思い込みを指摘したり法則性のようなものに気づかせたりすることも忘れない。「先達はあらまほしきことなり」である。知人が生徒理解に基づいて指導を施す教員であったことは他から聞いていたが、十分にうなずけた。優れた指導者は個々人に対応すべく多くの引き出しを持つと言われるが、まさにそうであった。それは理科の学習指導にとどまらなかったに違いない。
■大人のガイド力の向上で
ふた昔近く前、家族でドライブの折、ポケモンのカードとにらめっこする息子に「外の景色を眺めなさい。野底マーペはちゃんと見てくれているよ」と注意を促したら、「山が僕を見るわけないでしょ」とけげんそうな顔をされ、妻からは「説得力のある言い方したら」と苦言を呈された。持って回った物言いや「言わないでも分かるだろ」では分からないし、子どもの心は動かないのだ。
自然体験は、いろいろな事象への気づき、情緒の安定、豊かな感性の涵養等に向かう。八重山の豊かな自然の懐で子どもたちの心に多くのオンリーワンの原風景を刻ませたい。そのためには私たち大人のガイド力を高めることが大切だろう。風景や自然事象、小鳥や植物等に彼らの五感を向かわせるよう上手に導きたいものである。