与那国町出身で八重山支庁長や、同町の助役などを務めた大仲進さんが88歳で亡くなった▼先週、本島からの訃報に接し、ありし日の元気な姿、交流の日々が鮮やかに思い出された。初対面は那覇支局時代だった。小柄な大仲さんは、笑顔を見せながらひょっこりと現れた▼満面に笑みをたたえ、穏やかな口調で語る表情、相対しているだけで落ち着いた気分にしてくれた。その後も本紙への投稿原稿の提出や郷友会の取材などでたびたび会い、いろいろな話を拝聴し多くのことを学ばさせてもらった▼大仲さんは琉球政府、沖縄県庁と激動の時代を行政マンとして活躍。1961年の琉球政府内政局時代、特命を受けて糸満市と周辺三村の合併を実現させ、さらに64年には石垣市と大浜町の行政合併に貢献した。行動力のある行政通として知られ、現役時代に県庁職員らは、氏をさして;小さな巨人;と呼んだという▼公務を退いた後は、文章講座のカルチャーセンターに通うなど生涯学習の模範生でもあった。親子ほども違う後輩への温かい接し方といい、長幼の序をとても大事にする方だった▼晩年「やま見りば やいまゆうむいだし うみ見りば 生りじまゆうむいだし」と、心境を語っていたふるさと愛が印象に残っている。人に学ぶ、忘れえぬ人がまた一人いなくなった。(鬚川修)
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