若いころ、今はほとんど古典となったとさえ言える宇沢弘文著『自動車の社会的費用』(岩波新書)を読み深い印象を受けた▼車の便利さと、それが社会や自然におよぼす負荷を論じたもので、その新鮮な鋭い視点に目からうろこであった。何しろ当時は日本経済絶好調で、毎年成長率が10%を超え、車は作るはしから飛ぶように売れていたのである▼本書には敏感な危機感に裏打ちされた緊密な論理が展開されていて誠に予言的であった。その後、日本社会は公害問題に揺れ、排ガスの影響の深刻さに悩まされるようになる▼先般の報道によると、中国は世界第1位の車生産国となり、新車販売数も2千万台を超え、米国の1560万台を上回っている。そしてさまざまな微小粒子物質による大気汚染がまん延し、日常生活に重大な危険をもたらしている▼また米国ロサンゼルス市などの広々とした典型的車社会では市民たちは実に快適な毎日を享受しているが、市の面積の半分近くは道路や駐車場などであり、市の対面している海岸の沖には常時、排ガスが上昇して固まった厚い雲が漂っている▼そんな状況下、地球には毎年何千万台という新車が加わるのだ。何か不気味である。車はその利用法をもっと厳しく検討されなければならないのではないか。(八重洋一郎)
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