■巨木の枯れ死
米どころの平田原や平地原では、トラクターが、粗ごなしや地ならしに泥まみれになって慌ただしく動き回っている。一方、早くも田打ちを終え水が張られ、田植えを待っている水田もある。
田打ちは、琉球王府時代の農業指導書「八重山島農務帳」によれば、3度することとあり、現代の機械化農業では考えられない重労働であった。稲作が機械化、近代化されたとはいえ、自然が相手だけに、神への敬虔(けいけん)な祈りは今も昔も変わらない。
各御嶽では稲作農家が、神へ種もみの発芽と成長、豊作を祈願する種子取祭りを行っている。
ところが、その御嶽の森では神木の枯死が目立ち、森全体の樹木が枯死する恐れがあるという報告が昨年、発表された。
神々の降臨する神聖な森をヤマという。うっそうと生い茂ったからヤマ(山)と呼んだのであろう。しかし、御嶽の森は今や樹木もまばらで、巨木はほとんどが枯れヤマと呼ぶには気が引けるほどである。
■樹木のがん南根腐れ病
宮鳥御嶽や真乙姥御嶽等のクワノハエノキ等の巨木の枯死に胸が痛む。
枯死の原因は南根腐れ病といわれる。樹木のがんといわれる恐ろしい病気だ。
国内では1988年、石垣島で発見されたといわれ、その後、奄美大島や小笠原でも発見され、深刻な問題となっている。
南根腐れ病は亜熱帯地域に広く分布する。キノコの仲間の「シマサルノコシカケ」の菌糸によって引き起こされるといわれる。
病害にかかると葉が変色し落葉してやがて枯死に至る。胞子が飛散したり、罹患(りかん)した根が健康な根と接触したりすると感染するとされ、汚染された土壌には樹木が育たないといわれる。
南根腐れ病については、県の天然記念物であった宮鳥御嶽境内のリュウキュウチシャノキが弱り始めた頃から指摘されていたが、昨年12月、「東アジアの『伝統の森』文化誌準備委員会」(李春子委員長)の樹木医や研究者メンバーが来島し、御嶽の樹木を調査し、宮鳥、真乙姥、名蔵御嶽で南根腐れ病による枯死した樹木を確認したと発表した。李委員長は「被害は深刻で、御嶽の樹木を守るためには土壌処理が喫緊である」また、「祈りの空間、祭りという生きた伝統継承の空間、そして、地域固有の老木や巨木の保存という三つの観点から、御嶽の森は重要で、行政と地域の人々が死守するべきだ」と警鐘を鳴らした。
八重山文化の根源にかかわる重要な指摘を行政や地域、氏子たちはどう受け止めたであろうか。
字会や公民館の総会でこの問題が議案として取り上げたところがあるだろうか。
枯れ木が倒伏する危険性を指摘する声はあるが、南根腐れ病対策は皆無であろう。
■問われる八重山文化
南根腐れ病対策は汚染土壌の総入れ替え、枯死した樹木の全面撤去、殺菌、切り倒した樹木の焼却という。
この処置法は御嶽の樹木を切ってはならない、持ち出してもならないという御嶽の決まりとは相反するものである。
しかし、このままでは御嶽の樹木は全滅する恐れがある。
神木が枯死した殺風景な御嶽の森を想像するだけでも恐ろしい。八重山文化は神、御嶽を中心にして形成されてきた。森の消滅は文化の危機でもある。
事が、神事の行われる場所だけに解決策を見いだすことは難しいかも知れないが、それだけに、神司、御嶽の氏子、地域の字会や公民館、行政が集まり、早急に対策を協議すべきである。