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「努力すれば夢はかなう」

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父親の貞美さん(中右)やフォトグラファーの飯島美和さん(左)を迎え、沖縄で初開催となった新城幸也さん(中左)のトークショー=23日午後、那覇市の沖縄産業支援センター

 【那覇】日本を代表するプロロードレーサーとして世界で活躍する石垣島出身の新城幸也さんのトークショー「石垣島から世界へ~新城幸也はなぜ生まれたか~」(日本電信電話ユーザ協会沖縄支部主催)が23日、那覇市の沖縄産業支援センターで行われた。沖縄開催は初。新城さんは「18歳で始めたが、何事も遅いなんてことはない。努力すれば夢はかなう」と述べた。

 父親の貞美さんは、新城さんが5歳で初めて自転車に乗ったころのことや18歳の新城さんをフランスに送り出した時の思い出などを「本当は、大学に行って先生にでもなってもらえればと思っていたが、まさかプロのロードレーサーになるなんて思わなかった」と当時の心境を交えて話した。

 フォトグラファーで新城さんのパートナーでもある飯島美和さんは、熱烈な自転車ファンが多いフランスで「彼は、タイガースにきた助っ人外国人のようだ」と現地の受け止めを説明、「スーパーで買い物をしていたらファンの子どもたちが寄ってきたり、地元の人に声をかけられたりして地元のヒーローだ」と日常の様子を紹介した。

 また、2016年2月に行われたレース中の大けがのため、松葉づえ姿で登場したリオ五輪出場の記者会見で「優勝を目指す」と自信たっぷりに語ったエピソードを紹介し、会場から笑いを誘った。

 新城さんは、自転車の魅力について「何歳になってもみんながそれぞれの目標に向かって楽しめるすばらしい競技だ」と話し、自身の競技生活については「応援してくれる人も増え、周りに感謝している。助けてくれた人たちに恩返しするためにも今後も突っ走っていきたい」と今後の活躍を誓った。

 新城さんは09年、フランスの老舗名門チームからスカウトを受け、トップカテゴリーチームと契約。同年、日本人として初めてツール・ド・フランスを完走。12年には、同大会で敢闘賞を受賞し、日本人として初めて表彰台に立った。16年にも再び敢闘賞を受賞する快挙を成し遂げた。

 同年2月には、レース中の転倒で大腿(だいたい)骨骨折という大けがを負ったが、5月にはレースに復帰。「ツアー・オブ・ジャパン」第7伊豆ステージで優勝を果たし完全復帰。20年の東京五輪に向け、3度目の出場とメダル獲得を目指す。


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