台湾の先住民族(原住民族)のひとつ、クバラン族はバナナの糸を使った工芸で知られる。織物は独特の野性味を帯び、やはり植物由来の繊維を用いる八重山上布とは対極的だ▼バナナの糸を使った工芸品を伝承してきた女性のひとり、イパヤさんが1月24日に亡くなった。90年超の生涯を閉じたのは花蓮県豊浜郷の新社地区である▼クバラン族はもともと宜蘭に栄え、18世紀以降は清朝やほかの民族の圧迫から逃れて南下してきた。人口は1400人余り。イパヤさんは、宗教的な職能者としての顔も持ち、民族の世界観を継承していくうえで重要な役割を果たしていた▼筆者は2度ほどイパヤさんに会っている。3度目の訪問として、春節(旧正月)前に行われるクバラン族の伝統的な家庭行事を拝見する予定だったが、これは弔問になってしまった。縁は人を寄せるが、非情でもある。人生の時計はそうそう都合よくは回ってくれない▼台湾はすでに、春節の長期休暇を使っていなかへ帰る人や旅に出る人たちで主要な道路や駅が混雑し始めている。新社地区を通る国道11号線も例外ではない▼その往来から少しだけ離れたところにイパヤさんは安置され、11日の葬儀を待つ。遺影のそばには、遺志を形にしたかのようにバナナの糸で織った布が置かれていた。(松田良孝)
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