無一文。しかし、電話は掛けたい。そんなときはコレクトコールだ。まず、公衆電話で「106」を掛ける。オペレーターに相手の電話番号を伝え、話をする。通話料金は先方持ちだ▼このコレクトコールの意外な役割を、与那国島で耳にしたことがある。台湾からの密航者が日本在住の人と接触するために使っていたというのだ▼本当にそんなことがあったのか。半信半疑だったが、最近知ったケースに「もしや」と思った▼台湾では1949~87年の戒厳令で、政治的な迫害を受けた人が多数いた。その台湾から久部良に逃れてきた台湾人を、大阪から保護しにきた人がいた。77年のことである▼助けにきた人の手記には、密航の台湾人が与那国島に到着したことがどう伝わってきたかは書かれていない。救出者側の人脈についても記述があいまいだ▼歯切れの悪い筆致に、決して明かしてはならない支援ルートがうっすらとにじむ。そこには連絡を取り合うノウハウも織り込まれ、コレクトコールの使用もオプションに含まれていたのではないか…というのは筆者の想像である▼政治亡命の受け入れをめぐる議論は今的なテーマである。40年余りに前に与那国島であった救出劇はその前史だ。NTTのコレクトコールも4年前に終了し、歴史の文脈へ移された。(松田良孝)
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